急落の嵐の中で、諸将は何を見るか
2024年8月5日——日経平均株価は4,451円安という、ブラックマンデーを超える史上最大の下げ幅を記録した[1]。SNSには阿鼻叫喚が溢れ、「もう終わりだ」「今すぐ売らなければ」という声が飛び交ったのを、諸君も覚えておろう。
遡れば2020年3月のコロナショック、2008年のリーマンショック——急落のたびに同じ光景が繰り返される。恐怖に駆られた投資家が積立を止め、あるいは損切りに走り、そしてその後の回復局面で「あの時売らなければ……」と悔やむ。これは人の性(さが)であり、責めるべきことではない。しかし、知っていれば防げた判断ミスであることもまた事実じゃ。
本稿では、急落相場においても積立投資を継続するための3つの原則を、データと論理に基づいて整理する。感情論でも精神論でもない。仕組みとして、設計として、暴落に備える方法を語ろう。
この議論が成立する前提条件——まず「土俵」を確認せよ
本論に入る前に、極めて重要な前提を共有せねばならぬ。これから述べる原則が有効なのは、以下の条件を満たす場合に限られる。
- 広く分散されたインデックスファンドへの投資であること(全世界株式、S&P500等)
- 投資期間が15年以上の長期を想定していること
- 生活防衛資金を別途確保していること
逆に言えば、個別株やセクター集中型のポートフォリオ、短期での利益確定を前提とした投資には、この議論は当てはまらぬ。個別企業は倒産し得るし、特定セクターが構造的に衰退することもある。「積立を続ければ報われる」という命題が成立するのは、あくまで市場全体の成長に賭ける場合のみじゃ。この前提を曖昧にしたまま積立万能論を唱えるのは、無責任と言わざるを得ぬ。
原則1: 過去の急落と回復の統計的事実を知る
まず、冷静にデータを見よう。
米国S&P500の長期平均リターンは年率約10%とされておる[2]。そしてこの約100年の歴史の中で、20%以上の下落(いわゆるベアマーケット)は幾度も発生してきた。リーマンショック時にはS&P500は高値から約57%下落したが、その後約5年で高値を回復。コロナショックでは約34%の急落から、わずか半年程度で回復を果たしている[3]。
過去の暴落から市場は回復してきた——これは歴史的事実じゃ。ただし、ここで臥龍として正直に申さねばならぬことがある。
日経平均株価は1989年12月29日に38,957円の最高値をつけた後、実に34年以上をかけてようやく2024年にその水準を回復した[4]。「市場は必ず回復する」と軽々しく言うが、一つの国の株式指数が元の水準に戻るまでに人生の大半を費やす可能性があるという事実を、我々は直視せねばならぬ。
ではなぜ、それでも積立投資が有効と言えるのか。答えは分散にある。日経平均単独に集中投資していた場合と、全世界株式に分散投資していた場合では、結果が大きく異なる。一国集中リスクを避け、世界経済全体の成長に賭けることで、特定の国や地域の長期低迷リスクを軽減できるのじゃ。
金融庁のデータによれば、20年間の積立・分散投資を行った場合、元本割れの確率はほぼゼロに近いとされておる[5]。これは過去の実績に基づく分析であり、将来を保証するものではないが、長期・分散・積立という三原則の有効性を裏付ける重要なデータじゃ。
原則2: 感情ではなく「仕組み」で継続する
「急落しても動じるな」「感情を排除せよ」——こういった精神論を、臥龍は信じぬ。
なぜなら、人間は感情の生き物だからじゃ。行動ファイナンスにおけるプロスペクト理論が示す通り、人は同じ金額の利益と損失を比べた場合、損失の痛みを利益の喜びの約2倍強く感じるとされておる。100万円の含み益より、100万円の含み損の方が遥かに心を揺さぶる。これは意志の弱さではない。人間の認知構造そのものじゃ。
だからこそ、臥龍が提唱するのは「感情を排除する」のではなく「感情が介入できない仕組みを作る」という発想じゃ。具体的には以下の通り。
- 自動積立設定の活用: 毎月決まった日に、決まった金額が自動的に投資される設定にしておく。これがドルコスト平均法の本質じゃ。急落時には同じ金額でより多くの口数を購入でき、平均取得単価を引き下げる効果がある[6]。そして何より、「買うかどうか」を毎回判断する必要がなくなる
- リバランスルールの事前決定: 「株式比率が目標から10%以上乖離したらリバランスする」等のルールを、平常時に決めておく。暴落の渦中で冷静な判断を下すのは、孔明でも難しい
- 証券口座のアプリを消す: 冗談のように聞こえるかもしれぬが、これは実に合理的じゃ。毎日の値動きを確認する行為そのものが、不要な感情を生む。長期投資家にとって、日次の価格確認はノイズ以外の何物でもない
新NISAのつみたて投資枠は年間120万円、非課税保有限度額1,800万円、非課税期間は無期限という設計になっておる[7]。この制度設計そのものが、長期・継続的な積立を前提としている。制度の設計思想に乗ることが、最も合理的な戦略と見る。
原則3: 撤退条件を事前に定義する
ここで、多くの積立推奨記事が触れない重要な点を述べよう。「何があっても積立を続けろ」は、危険な教条主義じゃ。
積立投資を合理的に中断・撤退すべき局面は確かに存在する。それは市場の急落ではない。自分自身のライフステージの変化じゃ。
- 失業や大幅な収入減少: 生活防衛資金を取り崩す必要が生じた場合
- 重大な健康問題: 治療費等で資金が必要になった場合
- リスク許容度の根本的変化: 家族構成の変化等で、そもそもの投資方針を見直す必要が生じた場合
これらは「損切り」ではない。リスク許容度の再評価じゃ。そして重要なのは、この撤退条件を暴落前の冷静な状態で決めておくことじゃ。
「日経平均が30%下がったら売る」というのは撤退条件ではない。それは恐怖に基づく損切りルールじゃ。「失業して3ヶ月以内に再就職できなかったら、生活費として必要な分だけ取り崩す」——これが合理的な撤退条件の例じゃ。
「積立万能論」への反論に、誠実に答える
ここで、積立投資への批判にも正面から向き合おう。
「右肩上がりの相場では一括投資の方がリターンが高い」——これは統計的に正しい。ドルコスト平均法は、上昇相場においては一括投資に劣後する可能性がある[6]。理論上、手元に投資可能な資金がまとまってあるならば、早期に一括投資する方が期待リターンは高い。
「過去のリターンは将来を保証しない」——これも正しい。S&P500の年率約10%という数字は過去の実績であり、今後も同じリターンが得られる保証はどこにもない。
ではなぜ、それでも積立を推奨するのか。理由は二つある。
第一に、多くの個人投資家は一括投資に耐えられる精神的耐性を持っていない。1,000万円を一括投資した翌日に20%下落すれば200万円の含み損じゃ。理論上最適な戦略と、実行可能な戦略は異なる。
第二に、多くの個人投資家は毎月の給与から投資に回すのが現実じゃ。そもそもまとまった資金がない以上、積立は理論的選択ではなく現実的制約なのじゃ。
まとめ——臥龍の三策
最後に、3つの原則を整理しよう。
- 事実を知る: 過去の急落と回復のデータを、楽観的にも悲観的にもならず、ありのままに理解する。日本株の34年という反例も含めて、分散の重要性を認識する
- 仕組みで守る: 感情を否定するのではなく、感情が意思決定に介入できない自動化された仕組みを構築する
- 撤退線を引く: 市場の動きではなく、自分自身のライフステージの変化に基づいた撤退条件を、冷静な時に定めておく
「感情に左右されない」とは、感情を持たないことではない。感情が判断を歪めない設計を、事前に施しておくことじゃ。
戦の前に勝敗は決する——これは孫子の教えじゃが、投資においても同じことが言える。暴落が来てから慌てるのではなく、暴落が来る前に備えておく。それが、臥龍の考える資産形成の本質じゃ。
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。投資判断は必ずご自身の責任において行ってください。
関連記事
積立投資の具体的な商品選びに悩んでいる諸君には、以下の比較記事も参考になるじゃろう。
➡ 【2026年版】新NISAのETF徹底比較——2559・2631・1570の違いと使い分け
臥龍おすすめの関連書籍
急落相場への心構えをさらに深めたい諸君に、臥龍が実際に読んで役立った書籍を紹介しよう。
改訂版 お金は寝かせて増やしなさい — 水瀬ケンイチ
新NISAにも対応した改訂版。インデックス投資の実践者が、暴落との向き合い方を含めて体系的に解説する。「億り人」になった著者の実体験が、急落時の精神的支柱となるじゃろう。
敗者のゲーム[原著第8版] — チャールズ・エリス
「市場に勝とうとすること自体が敗者のゲームだ」という逆説的な主張で、アクティブ運用の無意味さとインデックス投資の優位性を論証する名著。急落時に「市場をコントロールしようとする欲求」を手放すヒントが得られる。
天才数学者、株にハマる — ジョン・アレン・パウロス
数学者でさえ感情的な投資判断の罠に落ちる——著者自身の失敗談を通じて、行動ファイナンスの本質を学べる一冊。「自分は合理的に判断できる」という過信が最大の敵であることを、笑いながら教えてくれる。
参考文献
[1] 日経平均株価4451円安 下げ幅ブラックマンデー超え最大 - 日本経済新聞
[2] NYU Stern - Historical Returns on Stocks, Bonds and Bills: 1928-2024
[3] How the S&P 500 Performed During Major Market Crashes - Visual Capitalist